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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)6682号 判決 1982年8月10日

原告

田巻勇夫

被告

日豊自動車こと杉本幸子

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは、原告に対し、各自一三九二万七四四〇円及びうち金一三〇二万七四四〇円に対する被告日豊自動車こと杉本幸子は昭和五四年一一月七日から、被告鈴木一郎は昭和五四年一一月六日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第三請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五二年二月八日午前九時三〇分ころ

2  場所 大阪府豊中市上津島三丁目一番五号先路上

3  加害車 普通乗用自動車(神戸五五ぬ七四一二)

右運転者 被告鈴木一郎

4  被害者 原告

5  態様 原告が自動車を運転して走行中、加害車が追突。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告日豊自動車こと杉本幸子は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告鈴木一郎は、前方注視義務違反の過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

1  受傷

本件事故により、原告は、頸、胸、腰椎の捻挫、左胸部、左膝、左大腿、右前腕の挫傷及び頸部外傷症候群の傷害を負つた。

2  後遺症

右傷害により、原告には板状筋群、斜角筋群、僧帽筋、肩胛挙筋、菱形筋等の圧痛、硬結等の後遺障害が残存し、右障害は自賠等級九級一〇号に該当する。

3  治療関係費

(一) 治療費 二〇三万四七八四円

(二) 入院雑費 三万円

(三) 通院交通費 四万五〇〇〇円

4  逸失利益

(一) 休業損害 四六七万六八〇〇円

年収 五七六万八七二五円

(日収 一万五八〇〇円)

期間 昭和五二年二月八日から

同年一一月三〇日まで二九六日分

(二) 逸失利益 一〇三六万五八二一円

年収 五七六万八七二五円

労働能力喪失率 三五パーセント

労働能力喪失期間 六年

5  慰藉料 三九三万六〇〇〇円

6  弁護士費用 一〇〇万円

四  損害の填補 八一六万〇九六五円

原告は、被告らとの間で、総額八一六万〇九六五円(内訳休業補償四六七万六八〇〇円、通院交通費四万五〇〇〇円、入院雑費三万円、治療費一九六万九一六五円、慰藉料・入通院分八〇万円、後遺症分三七万円ただし、一四級を前提とする、逸失利益二七万円ただし、一四級を前提とする)で示談を行ない、右金額の支払を受けた。

五  本訴請求

よつて、原告は被告らに対し、各自、三の合計額二二〇八万八四〇五円から四の示談金八一六万〇九六五円を控除した一三九二万七四四〇円及びうち金一三〇二万七四四〇円に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日である被告日豊自動車こと杉本幸子は昭和五四年一一月七日から、被告鈴木一郎は昭和五四年一一月六日から、各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四請求原因に対する認否

請求原因一及び二は認める。

同三の1は認めるが、2ないし6は争う。

同四のうち、当事者間で総額八一六万〇九六五円で示談が成立したことは認める。

第五被告らの抗弁

示談成立

原、被告ら間には、昭和五三年四月三日、(一)本件交通事故による損害金として、被告らは原告に対し、八一六万〇九六五円を支払う。(二)原告は被告らに対し、本件交通事故に関し本件示談金以外に一切の債権のないことを確認する。との示談が成立した。したがつて、本件請求は失当である。

第六抗弁に対する原告の認否

原、被告ら間に示談が成立したことは認めるが、示談成立の日は昭和五二年一一月三〇日であり、その内容は次のとおりである。

(一)  本件交通事故による損害賠償金として、被告らは原告に対し八一六万〇九六五円支払う。

(二)  原告の後遺症に対する損害金については、示談成立日までに後遺障害の診断を受けていないので、一応一四級と推定し、後日後遺障害の等級の認定が出た際、又は後遺障害が悪化したときに再度協議する。

(三)  原告は被告らに対し、本件交通事故に関し本件示談金(ただし、前記(二)を除く)以外に一切の債権のないことを確認する。

第七原告の再抗弁

原告は、昭和五二年一二月一日松本病院で後遺障害の診断を受け、同月一九日自賠等級一四級一〇号の認定を受けたが、原告の後遺障害は、真実は九級一〇号に該当するところ、右松本病院の診断の誤認又は診断書の記載の不備のため右のとおり一四級と認定され、原告自身自らの後遺症が一四級であると誤信して示談書を作成してしまつた。したがつて、示談書中、後遺症補償部分は要素の錯誤により無効である。

仮に、原告の後遺障害が認定当時一四級に該当するものであつたとしても、原告の症状はその後悪化し、九級一〇号に該当する程度になり、しかも、原告は示談の時、予測がつかなかつたから、原告が本件で請求している損害については示談の効力は及ばない。

第八再抗弁に対する被告らの認否否認する。

第九証拠〔略〕

理由

一  請求原因一、同二及び同三の1の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

成立に争いのない乙第一号証、弁論の全趣旨及びこれにより成立を認め得る乙第二号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故後、訴外弁護士川窪仁師を代理人として被告らが加害車につき締結していた自動車保険の保険者である訴外日動火災海上保険株式会社と示談交渉を進め、昭和五三年四月三日、被告らとの間で後遺症補償(逸失利益五三万七〇〇〇円、慰藉料二三万円)を含め総額八一六万〇九六五円を被告らが原告に支払い、原告は被告らに対し右示談金以外一切の債権がないことを確認する、との示談契約を締結したこと(原、被告ら間に総額八一六万〇九六五円で示談が成立したことは争いがない)が認められる。

原告は、後遺症補償については、示談成立までに後遺症の診断を受けていないので、一応一四級と推定し、後日後遺症等級の認定を受けたとき、又は後遺症が悪化したとき、再度協議する約束であつたと主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに副うかのような供述部分があるが、他にこれを認めるに足りる確証がないことを考慮すると、右主張をそのまま採用することはできない。かえつて、前掲乙第一号証によると、示談書には後遺症補償についての特約条項が全く記載されておらず、また、成立に争いのない乙第三、第四号証によると、原告が入通院していた松本病院の医師は、外傷性頸部症候群の傷病名のもとに昭和五二年一二月一日原告の症状が固定したと診断し、その後に、被告らの保険会社を通じて後遺症等級の事前認定手続が進められ、同年一二月一九日一四級一〇号の認定を受けたことが認められるのであるから、これらの事実に、前示のとおり、原告は、示談をするときにも、弁護士を代理人に立てて行なつていることを併せ考えると、本件示談契約は、原告の本件事故による受傷に伴う外傷性頸部症候群の後遺症を含めて行なわれたものとみるべきである。

三  次に原告の再抗弁について判断する。

原告の主張は、原告の後遺症の程度が予想外に重篤であつたことを前提とする。

しかしながら、原告の受傷及び治療経過をみると、前示のとおり、原告が本件事故により、頸、胸、腰椎の捻挫、左胸部、左膝、左大腿、右前腕の挫傷及び頸部外傷症候群の傷害を蒙つたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三ないし第五号証、第六号証の一五、二七、乙第五ないし第一五号証及び証人吉田正和、同小石友宏の各供述、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、本件事故当日の昭和五二年二月八日、小西外科病院で頸椎捻挫、左胸部挫傷、腰椎捻挫の診断を受け、その時の症状は、意識は明瞭、頸部及び左胸部の疼痛がみられたが頸椎の運動は良好で、レントゲン写真でも患部に著変は見られなかつた。ところが翌二月九日になると、左胸部の疼痛は軽減したが、項頸部の疼痛が増強し、頭痛、頭重感を生じ、更に二月一二日には全身倦怠感、二月一四日には腰痛が著しくなり、以後右症状は一進一退の状態であつた。同病院に、通院中は、他覚的に著変はなく、専ら項部から背腰部の疼痛、頭痛及び全身倦怠感等の自覚症状が強く、精神不安、神経不定愁訴の診断がなされていた。同病院には同年四月二〇まで通院した。

2  その後、原告は同年四月二〇日から庄内病院に転医し、そこでも頸椎捻挫、腰椎捻挫と診断されたが、同部位のレントゲン検査では他覚的所見は見られなかつた。しかし、原告が背部痛、全身倦怠感、腰痛を訴えるので、同病院では対症療法を施していた。同病院へは同年七月六日まで通院した。

3  一方、原告は、同年七月六日から松本病院へも通院を始め、同病院では頸部損傷、腰部挫傷、背部挫傷、左大腿挫傷、左膝挫傷、右前腕挫傷と診断され、同月一一日から同年九月二〇日まで入院治療、その後は通院治療を受けていた。同病院での初診時の主訴は、項部の張り、背部痛、両側の胸鎖乳突筋の痛み、右顎下部のリンパ腺の痛み、食欲不振、下痢であつたが、他覚的所見としては、大後頭神経、腰部に圧痛が認められるに過ぎず、頭部、頸椎、腰椎のレントゲン検査及び脳波検査の結果でも異常は認められなかつた。そして、原告は昭和五二年一二月一日、同病院で症状固定の診断を受けたが(前記二で認定のとおり)、その時点でも頭重感、項部痛、右上下肢しびれ感、全身脱力感の自覚症状はあつたが、他覚的所見としては僅かに大後頭神経、腰部に圧痛がみられたに過ぎなかつた。

4  また原告は、松本病院へ通院の傍ら、昭和五二年一一月一七日から北野病院への通院も始めたが、同病院では外傷後神経症と診断され、初診時に胸部が締めつけられて息苦しくなる、入眠困難、背部痛等の愁訴がみられただけで、症状は一進一退の状態であり、同病院では心気症的傾向があることが指摘されていた。同病院へは昭和五三年七月一九日まで通院した。

5  その後、原告は昭和五三年八月三〇日から再び松本病院へ通院を始めたが、その時も後頭部、項部、背部、前頸部痛を訴えていたが、いずれも自覚的所見しかなく、他覚的所見としては僅かに大後頭神経に圧痛があるだけで、その他には全く異常が見られなかつた。同病院へは同年一〇月一二日ころまで通院した。

6  更に原告は、昭和五三年一〇月二六日から大阪市立大学付属病院に通院を始めたが、同病院では頸椎症性脊髄症と診断され、初診時に後頸部痛、四肢、躯幹の知覚障害とレントゲン検査で第三、第四頸椎間に角形成が認められた。

7  次いで原告は、昭和五四年三月五日から西淀病院へ通院を始めたが、同病院では外傷性頸部症候群、左背痛症と診断され、初診時の自覚症状は後頸部痛、左背痛、他覚的所見としてはレントゲン検査で第三ないし第五頸椎に直線化と後屈制限、第四、第五胸椎に右凸側弯が見られたが、変形あるいは椎間の狭少、ずれ等は見られなかつた。また、頸椎の側屈、回旋に運動制限があり、左後頸部傍脊柱部筋、左僧帽筋、肩胛挙筋に硬結と圧痛、左肩甲間部下部(第五、第六胸椎の高さ)に圧痛が認められたが、他には異常は見られなかつた。

以上の事更が認められるほか、原告は他にも一、二の外科ないし整形外科医を転医し、かつ、鍼灸治療等も受けていたことが認められる。

右認定の事実によれば、原告は、事故当日の初診の際頸椎捻挫、左胸部挫傷、腰椎捻挫と診断され、後日これに伴う外傷性頸部症候群が発症し、症状が固定したときには他覚的所見としては僅かに大後頭神経、腰部に圧痛が残存していたに過ぎなかつたのであるが、その後も前示のとおり原告の愁訴が続き、治療が長期化したわけである。そして、その原因としては、頸椎症性脊髄症(大阪市立大学付属病院の診断)が考えられるけれども、しかし、同病院では、右診断を下すにつき脊髄造影や筋力テストを行つた形跡がないのであり、また原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和五四年七月ころ以降治療を中止したにもかかわらず、昭和五六年一月ころからはかえつて症状が快方に向かい、とくに、昭和五七年五月ころからは一か月のうち四、五日具合が悪いというだけであつて、自覚症状もかなり軽快してきていることが認められるのである。また、前示のとおり、原告は、北野病院で外傷後神経症と診断され、心気症的傾向が指摘されていたのであり、松本病院でも、原告の病像は精神的要因が大部分であることが指摘されていたのであるから(前掲乙第一四号証により認められる)、これらの事実に照らして考えると、原告が軽度とはいえ、頸椎症性脊髄症であるとの前記診断は直ちに採用し難く、むしろ、症状固定後の原告の病像と経過は、多分に原告の心因的要素に影響されたものである疑いが濃いといわざるを得ない。証人吉田正和の供述中右認定に反する部分、及び前掲甲第二ないし第四号証、乙第一五号証の記載中右認定に反する部分は、いずれも採用できない。

つまり、原告は、昭和五二年一二月一日、症状固定と診断された後も、愁訴を訴え、昭和五四年七月ころまで転医を繰り返えしながら治療を続けていたのであるが、そのような長期間の治療を必要とするような器質的損傷は認められず、医学的原因が判然としないということになる(前認定のとおり、大阪市大付属病院でレントゲン検査の結果、第三、第四頸椎に角形成が認められ、また西淀病院でもレントゲン検査で第三ないし第五頸椎の直線化と後屈制限、第四、第五胸椎に右凸側弯が見られたが、右の頸椎の変化が受傷直後のレントゲン写真に現われていないことに照らすと、本件事故に起因するものか否か明らかでないし、前掲証人小石友宏の供述によれば、右の変化があつたとしても、原告が訴えている諸々の症状と直接結び付くものでもないことが認められる。)。

結局、本件においては、示談の時には、すでに、原告に本件事故による受傷に伴う外傷性頸部症候群が発症していたのであり、原告がこれを前提に示談したところ、その後、経過が芳しくなく治療が長期化したというに過ぎないのであつて、例えば、外傷性頸部症候群と思つて示談したところ、その後受傷時の頭蓋骨々折に伴う脳実質の損傷が発見されたという場合とは異なるわけで、示談する際、その前提となつた傷害とこれに伴う後遺障害の存在することは原告にとつて明らかであつたわけであるから、予想外の新たな症状が発生したということはできない。

したがつて、原告の再抗弁は、示談の時には予測しえなかつた症状が発生したということを前提にするものであるから、その前提を欠くことになり、採用することができない。

四  以上の次第で、原告の本件請求は、すでに示談によつて解決しているものと認められるから、その余につき判断するまでもなく失当として棄却し、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上拓一)

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